導入
「最近、登山中にすぐバテてしまう」「下りで脚がガクガクになる」——そんな悩みを抱えて、体力づくりを始めようと考えている方は多いのではないでしょうか。「とりあえずウォーキングをすればいい」「スクワットをすればいい」とはよく言われますが、実際どのくらいの運動量が必要なのか、今の自分の体力で足りているのかは、なかなか判断できません。
この記事では、登山の運動生理学を専門とする鹿屋体育大学の山本正嘉教授のインタビューをもとに、「なぜ登山はきついのか」を客観的な指標で理解したうえで、科学的根拠のあるトレーニング方法を具体的に紹介します。登山に必要な装備、山の選び方と合わせて、体力面の準備も整えていきましょう。
実は登山は「思った以上にきつい運動」
運動生理学では、運動のきつさを「メッツ」という単位で表します。メッツは、その運動で使うエネルギーが安静時の何倍かを示す数値です。Ainsworthら(2000)の分類によると、日常のさまざまな活動・運動は次のようなメッツ値に位置づけられます。

山本教授によると、傾斜の緩いコースをゆっくり歩くハイキングは6メッツ、一般向け・健脚向けコースは7メッツ、雪山・岩山・沢登りなどのバリエーション登山になると8メッツ以上に相当します。目安として、1時間あたり標高300m上がるペース(登高速度300m/h)なら6メッツ、400m/hだと7メッツの強度になるとのことです。
運動生理学の一般的な知見として、6メッツ程度までは多くの人にとって安全圏内とされる一方、7メッツを超えると心臓突然死が起きる確率が急増するとされています。つまり登山は、荷物を背負って坂道を長時間歩き続けるという、「思った以上に強度の高い運動」だということを、まず理解しておく必要があります。
「ウォーキングだけ」では実は足りない
日頃の運動としてウォーキングや駅の階段昇降を挙げる方は多いですが、山本教授はこれらだけでは登山に必要な体力づくりとして不十分だと指摘しています。
- ウォーキング: 上記の分類では4〜5メッツ程度の強度しかなく、平地を歩くだけでは心拍数も登山時のレベルまで上がらない
- 駅の階段昇降: 標高差がわずか5〜6m程度しかなく、登山向けのトレーニングとするには運動時間が短すぎる。硬い階段面での上り下りの繰り返しは膝を痛めるリスクもある
さらに、ウォーキングは水平方向の運動であるのに対し、登山は坂道を上り下りする垂直方向への運動であり、使う筋肉も異なります。「歩いているから大丈夫」と思い込まず、登山特有の強度・動作に合わせたトレーニングが必要だということです。
中高年登山者の92%が「安全圏外」のペースで歩いている
山本教授の研究グループが中高年の一般登山者を対象に歩行ペースを調査したところ、400m/h(7メッツ、前述の分類上の安全圏外)以上で歩いている人が92%(男性93%/女性90%)を占めるという結果が出ています。
「ゆっくり歩きましょう、無理しないで登りましょう」とはよく言われますが、自分の感覚に任せて歩いていると、無意識のうちに安全圏外のペースになってしまっている登山者が大多数を占めるということです。もちろん、心臓に不安がなく体力のある人であれば400m/hを超えても問題ないとされていますが、まずは自分が今どのくらいのペースで歩いているのかを客観的に把握することが、安全な登山の第一歩になります。
客観的にペースを知る2つの方法
心拍数の目安(ただし個人差に注意)
一般的には、自分の最高心拍数(220-年齢)の75%くらいを保てば疲労せずに歩けると言われています。ただし山本教授は、この計算式をそのまま鵜呑みにすることに注意を促しています。心拍数には非常に大きな個人差があり、同じ60歳でも最大心拍数が130の人もいれば190の人もいるため、計算上の数値だけに頼ると「きつすぎる」「物足りない」という誤差が生じてしまうからです。
主観的運動強度という指標
そこで組み合わせて使いたいのが「主観的運動強度」(小野寺・宮下、1976)という指標です。これは、運動中に感じる「きつさ」の度合いを6〜20の数値で表したもので、山本教授は「主観強度12(きつさを感じる手前)」が、多くの人がバテずに歩き続けられるペースの目安になるとしています。このペースで歩いたときの心拍数を測っておけば、それが自分にとっての本当の適正心拍数になるというわけです。心拍計・GPSウォッチなどで心拍数のアラートを設定しておくと、無意識のペースアップを防ぎやすくなります。
具体的なトレーニングメニュー
実際の山で:月間の目標標高差
山本教授が推奨するのは、近くの低山でできるだけ頻繁に登ることです。目安として、1か月あたり上り・下りそれぞれ合計2000mの標高差を確保することを勧めています。月に1回だけまとめて標高差2000mを登るのはケガのもとになるため、週1回のペースで標高差500mの山に4回登るなど、分散させることが体を壊さずに続けるコツだとされています。この量であれば、70代前半くらいまでの人でも安全に山に登れる体づくりができるとのことです。
筋力トレーニング
登山中のトラブルで上位を占める「筋肉痛」「下りで脚がガクガクになる」「転ぶ」といった症状は、筋力の弱さが原因で起こりやすいとされています。筋力は年齢とともに低下し、登山を続けているだけでは維持できないため、特に中高年ほど積極的に鍛える必要があります。山本教授が勧めるのは、スクワットと腹筋をそれぞれ15回×5セット、週2〜3回というメニューです。これが苦にならずにできるようになれば、一般的な登山に十分な筋力がついた目安になるとされています。
近くに山がない場合:平地でのトレーニング
近場に山がない、忙しくて頻繁に行けないという場合は、まず平地でのウォーキングとジョギングの組み合わせから始めるのがよいとされています。ただしこれだけでは高い山に登れる体力をつけるのは難しいため、少しずつ運動強度を上げていく必要があります。目安として、登山時に把握した自分の適正心拍数を基準に、適正レベルの運動を30分〜1時間、適正レベルをやや超える運動を10〜30分程度組み合わせるとよいとされています。
「山のグレーディング」と組み合わせて考える
登山初心者の山の選び方で紹介した「山のグレーディング」の体力度は、実はこの記事で紹介した山本正嘉教授が考案した「ルート定数」という考え方をもとに算出されています。つまり、山選びの記事で解説した「体力度」と、この記事で解説した「メッツ・心拍数・主観的運動強度」は、同じ研究に基づいた一貫した指標です。
これから挑戦したい山の体力度が分かっている場合は、その体力度に見合うだけの持久力・筋力があるかどうかを、今回紹介したトレーニングの目安と照らし合わせて確認しておくと、無理のない計画を立てやすくなります。歩き方そのものの基本については、歩き方の基本ガイドもあわせてご覧ください。
まとめ
登山は「思った以上に強度の高い運動」であり、ウォーキングや駅の階段昇降だけでは、実は体力づくりとして不十分です。まずは心拍数や主観的運動強度といった客観的な指標を使って、自分に合った歩行ペースを知ることが安全な登山の第一歩になります。そのうえで、月間の標高差2000m(週1回×4回のペース)を目安にした実際の山でのトレーニングと、スクワット・腹筋各15回×5セット・週2〜3回の筋力トレーニングを組み合わせることで、無理なく体力をつけていきましょう。
安全に関わる情報は他にも、登山の安全対策完全ガイドもあわせてご覧ください。

